
石丸新党「再生の道」が発表されました。大まかなポイントしては
・党として政策は打ち出さず
・二期八年が鉄の掟
が特徴であり、既成政党からすると政策がない(正確には党として政策を打ち出さない)ことが問題視されています。
私個人としては、「〇〇をやってくれそう」みたいな党のブランドイメージはやっぱり欲しいとは思ってしまいますがね。また、最近の国民民主党ブームは党代表にスキャンダルがあろうが政策が良いからみたいな理由が多いので、これと完全に真逆なスタンスだともいえます。それらを織り込んだ上で主張するなら、それはそれで意味があるのだと思います。ただ、前回の衆議院選で国民民主党に投票した人が石丸新党に投票することも大いにありうる訳で、そういう層の発する「政策が良い」という言葉について、政治家としてどこまで真に受けるべきなのかは、考えなければなりません。是非、どこかでの調査会社でクロス調査してほしいと思います。
私としては、維新に所属していますけど、100%すべての維新的な政策に同意しているかといえば、個々の政策全てに対しその共感度には濃淡があります。というか、私に限らず、どの党の政治家でもそういったことは往々にしてあるはずです、というか無い方がそれはそれで危険です。なので気持ちとしては、政策にしばられないということについて、実は理解できないという訳でもないです。ただし、もし自分が政治家として所属する政党が、政策はどうでも良いという党になったら、個人的には「政調」という政策に関わるポジションには絶対に就きたくないです。政調会長は会派として議案に対する態度を取りまとめる立場の役職を指します。
それと、石丸支持者は、議員は政策を持つべきか疑問と主張する人もいますが、せめて、どういった議案ならば賛成するのか反対するのかという指針ぐらいは打ち出すべきでしょう。あと、一般質問という形で、または、議員提出議案という形で、議会に政策は提言はできる訳で、党はともかく、少なくとも立候補者個人に政策は要らないというのは暴論かと思います。
さて、どちらかというと、石丸新党で戦略的に問題なのは二期制限の方ですね。政治家として終わりを名言するって、実は結構なリスクがあります。大きく分けると2点です。
1つ目としては、特に2期目において次の選挙に出る必要がないので、よほど強いモチベーションがない限り、地域の意見を聞き続ける努力を怠りやすくなることです。政治家は次も当選したいからこそ、地域の声を聴こうと努力をするし、自分の専門外の分野だって勉強しようとします。政治家は怠けようとすれば、報酬をもらいながらでも幾らでも怠けられるので、「選挙に受かったら、次の選挙を考えずに以降はまったりひっそり過ごしているのが一番私腹を肥やしやすい」です。つまり、次の選挙をまったく考えない若い議員ならば、最低限の議会・委員会にだけ出席して、特段発言もせず、その裏で副業や転職活動に精を出すのが最もコスパが良いでしょう。議員にとってのコスパの良さが住民にとって良いことなのかは、有権者としてしっかり考えた方が良いです。人によっては、それが政治屋のように見えてしまうかもしれませんから。そのため、「終わりが見えても頑張り続けられる人」は、候補者の選考において、「仕事ができる」「選挙を戦える」と並ぶぐらいの重要度とみなす必要があると思います。
例外としては、公明党とか共産党とか、団体に支援されている政党の議員は、支援団体から厳しく監視されているのでたとえ次期に引退が控えていても、頑張って活動する人は多いです。まあ、団体支援を受けると、政策について自由な発言ができなくなるので一長一短はありますが。石丸新党の場合は、団体支援というよりは広いふわっとした民意の下に票を集めようとする政党なので、週刊誌以外で細かく所属政治家の行動を監視するような人は、特段いないでしょう。
2つ目としては、議会内での発言力が落ちるということです。特に誰に対しての発言力が落ちるかといえば、役所の職員に対しての発言です。特に任期の終盤に差し掛かると、この政治家は次の任期に議会にいるかどうか、見定められます。次の任期でも議会に舞い戻ってきそうであるならば、継続的にその議員の政策が議会内で検討されるでしょうが、戻ってこないだろうと思われるのであれば、職員としては曖昧な答弁でやり過ごそうという雰囲気が出てしまう可能性があります。もちろん、全ての議会や職員がそんな対応をする訳ではありませんでしょうけど、引退した某先輩議員はこれを危惧して、ぎりぎりまで引退を表明しませんでした。
ここで石丸新党と更に相性が悪いのは、政策の党議拘束がないが故に、党の誰かが、引退する議員の意思や政策を引き継いでくれるか非常に怪しいということです。わざわざ引退表明する政治家もいますけど、それは後進に譲ることを想定しているからですね。石丸新党の場合だとそれどころか、(流石にないかと思いますけど、)仮に全選挙区同じタイミングで全員当選してしまった場合、8年後すべての議員が一新されるので、自身の選挙区における後進どころか、会派(党)に運営や政策の引継ぎもできない状態になるのではないかと思います。ある意味では、彼らの掲げる9年後以降の地域におけるビジョンについて無責任な状態になりますね。強いての打開策としては、二重党籍することで、もう片方の党の人に意思を引き継いでもらう他はないと思います。
私個人としては、終わりの時期を早期に明示することには懐疑的ですし、政治活動・議会活動に限らず、人生って終わりが見えないから頑張れるものだと思います。例えば、貴方は1か月後に突然ぱったりと死ぬと分かった場合、これまでどおりのペースを維持して働き続けられますか?急に仕事を放り出して会いたい人に会いに行くとか、逆に自暴自棄になったりとかしない自信はありますか?
とはいえ、私も一生議員をするということについては懐疑的ではあるので、どこかで新陳代謝をはかるという観点では、早期引退することそのものには否定的ではありません。そんな訳で、石丸新党に対して率直な感想としては、一部合理性や二重党籍の意義は認めつつ、時の試練に耐えうるかという点ではそれなりに想うところが残る感じではあります。